「宝塔」第190号
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 忍は万善万行に勝る

釈尊の言葉:

”忍ぶ事を知らない者は、 仏に逢うことも出来ず、 
法に背き、 正定聚(しょうじょうじゅ)に遠ざかり、 常に地獄の苦を受ける。”

 「智者は、 深く因果を見るから、 心を克服してよく忍ぶのだ・・・」と、 忍徳の尊さが説かれている。 

 王子として贅沢の出来た釈尊の子ラゴラは、 父である釈尊の弟子として入門した。 或る日のこと、 智慧第一と言われた舎利弗に随行したときの出来事である。 
 突然、 悪漢が現れて舎利弗の鉢に砂を入れ、 ラゴラは頭を撲られて出血した。 
 このとき舎利弗はラゴラを諭した。 

 「ラゴラよ、 世尊の弟子は怒りの毒を腹に持ってはならない。 世尊は、 いつも忍辱ほど快いものはないと説かれる。 私も忍辱を守って来た、 世にこれほどの勇気はない、これに勝る力はない」

と。ラゴラは「忍を保つ精進」を誓う。後にラゴラは、忍辱の生活を喜ぶように成った。

”忍は万善万行に勝る” 

注意しよう

 国が富めば民の心は、 おごり高ぶって乱れる。 家豊かに栄えれば、 貪りに走りて心貧しく、 ついには滅ぶ。

 ジンギスカンはかつて、

  「私が此の世を去った後は、 子孫の者は、 美食と美服と贅沢をして、 ついには滅ぶであろう」 

と言った。 
 貪りを慎まねばならない。 

風呂敷の様に

 風呂敷は柔らかい。 柔らかいから、 どんな物でも包む事が出来る。 木綿などの風呂敷はピッタリ包む事が出来る様に、 自分の心が柔和で相手の性質を知り、相手の気持ちに成って事を計れば治まる。 相手を攻める心の有るうちは自らが救われない。 

 こんな話を知っていますか? 

 或る好天気の日、 波打ち際で、 大きな貝が口を開いて (日向ぼっこして) いた。 そのとき、 上空で餌をさがしていたサギ鳥がこの貝を見つけて、 この貝のおいしそうな身を食べようとしたとき、 貝はその痛さに口を閉めた、 驚いたサギはクチバシを挟まれたまま大空へ舞い上った。

 貝 「おい痛いではないか、 クチバシを取れ」 

 鳥 「お前こそ口を開け」

 と共に攻めあっているうちに、 共に死んでいったと言う。 攻めることしか知らない愚かな人間に対する教えである。

ひどい事だ

 老婆: 「この頃の若い者は本当に我が儘だ、 私が見たいテレビの無いときにゆっくり風呂に入っていると、 早く出よと攻めたてる。 今日はこのテレビを見ようと楽しみに時間の来るのを待っていると早く風呂に入れ、 風呂に入れとやかましくせき立てる。 本当に勝手なもんだ」。

 これを聞いた一人の老婆: 「貴方は毎日風呂に入れるから、 まだ有り難いよ、 私は週に二回ほど遠慮しながら入っとる」 。

 今一人の老婆: 「私はなかなか風呂に入れてもらえん、 最後に嫁が入って、 出て行ったので、 自分も入ろうと、 行ってみると、 センが抜いてあったり、 水を入れてあったり、 洗濯物が意地悪く入れてある時が多く、 月に一回か二回ほどしか入れん」。 

 これを聞いた先の老婆が言った。

  「私は贅沢だね、 愚痴を言っては罰があたるね・・・」 

心と生活

 本の一頁を開くと、 眼に飛び込んで来た絵を見て驚いた、 そこには長いテーブルの上に何枚もの大皿に山海の珍味のご馳走が盛られている。 
 そのテーブルを差し向かいに十人ほどの人が座っている。 ところがこの十人ほどの人達が手に持っている箸は一メートルもあるほど長いものである為、 向かい合っている人達は長い箸の一方の先端しか使えないので食べることが出来ず、 馳走を前にしながら、 やせ細っている。 
 次の頁を開くと同じ状態の絵が書いてあるのだが、 皆んな丸々太っている。 何が違うのかとよく見ると、 長い箸で自分が食べようとしないで、 向かいの人に食べさせると、 その向かいの人が自分に食べさせてくれる。 
 自分の事だけを思って生きる人間の運命と、 人の為を思って生きる人間の運命の違いを教えた絵であったのです。 
 そこで人は求める事のみ多くして、 与える事の少なければ、 欲にそそのかされて、 迎える徳少しと言う。

 ”与える事を楽しむ人でありたい。”

醍醐味の意味

   牛乳−−−華厳
   酪 −−−阿含
   生蘇−−−方等
   熟蘇−−−般若
   醍醐−−−法華経

と例えられている。 
 今から約六千年前に生まれたと言われている乳製品が、 日本に伝えられたのは、 孝徳天皇の時代と言われ、 当時は天皇や貴族、 高僧などごく限られた人達のものであって、一般大衆のものではなかった。 古代の乳製品を酪、 蘇、 醍醐と言った。 
 平安時代に書かれた 「医心方」 と言う医学書に効能が書かれていると言う。 当時の乳製品を現代に当てはめると、

   酪 −−−発酵乳
   生蘇−−−バター
   熟蘇−−−チーズ
   醍醐−−−固形チーズやヨーグルトに近いもの

となる。中でも醍醐は当時一番おいしい物であった様で、「醍醐味」とは、 ここから生まれた言葉として伝えられ有名になっている。 
 尚『佛本行集経』にこのように書かれている

  六百頭の牛乳を三百頭に
  三百頭の牛乳を百五十頭に
  百五十頭の牛乳を六十頭に
  六十頭の牛乳を三十頭の牛に
  飲ませて搾ったもっとも精製された牛乳、 
  これを醍醐と言う。 

和光同塵(わこうどうじん)

 其の光を和らげ其の塵に同ず。 「己の智慧や才能を世に現さず、 その光を内に包んで和らげ世俗の塵に同調する」 
 智慧がある、 頭がいいと構えて人を見下す態度をとらず、 大衆にとけ込み苦楽を共にし、 いつの間にか人々の敬いを集める。この様な生き方が説かれている。

合掌

宝塔第190号(平成7年11月1日発行)