「宝塔」第191号
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 親のあり方

 人生の基本となる精神は、 人間や社会に対する信頼感であります。 
 この信頼感の育たない子は、 精神が不安定となり、 ときとして異常性格になり、 病弱とか孤独とかの欠点を持ちやすくなります。 

 信と愛とは、 人間生活の基本観念であります。 

すべてを親にまかせて

 現代の科学は、 人間の教育は乳児期に始まるとしています。 
 自分で何一つすることのできない赤ちゃんは、 すべてを親にまかせきっています。 
 このとき、 母の肌にじかにふれる愛の感触によって信頼感が得られ、 安定した精神をつくることができます
 この時期に母親から離れると、 言語や知能の発達が妨げられ、 うちとけにくい人柄になり、 周囲に対して無関心になりやすくなります。 
 自分が大人になったとき、 子どもに対して十分世話ができにくい人になります。

  子どもの愛し方

 人はみな母親との一体感を通して、 生命の本源 (仏という大生命) を知り、 その本源から生み出された万物との融合感を知り、 社会的連帯感を知る心がつくられるのです。 
 これが人生の基本的精神となるのであります。 

 母性愛が、 生命の本源に対する敬いを忘れると、 エゴイズムにおちやすいのです。 
 わが子を自分のもの (専有物) と考える自己愛型の母からは、 欲求不満に悩む子が育つでしょう。 
 子どもをいつまでも赤ん坊扱いにする母は、 人間的に未熟な人か、 夫婦間の欲求不満を持つ人です。

教育ママと欲求不満

 教育ママとは、 夫に見切りをつけた欲求不満の吐け口を、 わが子に求める半未亡人であるという人もいます。 
 両親の愛情がうすいと (無視されたり、 除け者にされたりする) 、子どもは 無気力で 依頼心の強い 責任感のない傾向が強くなります。 
 また、 叱る時に体罰を加えないで、 道理を十分に説明してやる方法でしつけた場合のほうが、 後になって非行に近づくことが少ないと言われます。 

子どもは自分のものではない

 いずれにしても、 子どもを私有視することは、 間違いのもとです。 
 仏さまからいただいた尊い子、 立派な人間に育てあげて、 社会に役立つ人となるよう、 つねに、 我が子の仏性を拝みながら育てていく心構えを忘れないことが大切であります。

  夜尿症で悩む親

 本当の宗教心というものは、 罰を恐れ身をつつしむというのでなく、 自ら懺悔 (サンゲ) の心を起こすことです。 
 子どもが花瓶を落として壊した。 そのとき、 すでに子どもの心の中には
  「わるかった、 すまない」 
という気持ちが起きています。 それを、 親がひどく叱りつけたり、 ぶつぶつ叱言を言ったりすると、 子供の気持ちの中に反発心が起きてきます。 
 懺悔するよりも、 罰を逃げようという心が強くなります。 
 ひねくれた心や、 隠れてやるという性向が芽生えてきます。 
 きびしすぎるということは親自身が実行できないことを、 子供に強要することです。 
 失敗はだれにでもあります。 しかし、 失敗を繰り返さないように
  「気をつけるのですよ」 
とやさしく言うことによって、 子供は素直に自分のあやまちを反省し、 今後を注意するようになります。 
 夜尿症は無意識のうちにそそうし、 後で気が付きしまったと思います。 
 それをきびしく叱られると、 劣等感に悩まされ、 心の緊張は、 却ってそそうしやすくなります。 
 夜尿症の子の母親を見ると、 だいたい気の強い、 女性上位型の人が多いようです。 
 目先がきくため、 つい情にうすくなることがあります母の心の中にある無意識の冷たさが、 子供の身体を冷やしていることを悟らねばなりません。 

多くなった放任主義

最近は、 むしろ子どもに対する放任主義が多いようです。 
親がよく出来た家庭であれば、 お互いの個性や自由を尊重していくことによって、 立派な子どもが育つことでしょう。 注意すべきことは、 子どもは、 常に大人の模倣をしていくということです。 
 親のしゃべっていることや、 所作や態度など、 子どもはまねをすることによって成長していきます。 

 子どもの目は、 いつも親を見ています。 子どもの耳はつねに親の言葉に向けられています。 
 両親が迷いだらけの生活をしている家庭の中からは迷いの多い子が育つでしょう。 
 子どものしつけとは、 親の生活態度そのもののなかにあります。 自由主義の家庭で、 忘れてならないことは親自身が正しい生活態度を保持していくことです。

親が手本を

 きびしすぎないように、 ほったらかしにならないように、 寛厳宜しきを得るということは、 なかなか難しいことです。 

 問題は、 子どもを上手に育てる法などと言う、 このごろ流行の方法 (技術) 論ではなくて、 親自身の心、 態度の問題です。 
 古歌にある、

 「父は照り
    母は涙の露となり
     おなじ恵みに育つなでし子」 

という自然の姿に則していくことが大切でしょう。  これを現代の言葉では、 同体の愛と、 独立の愛との調和と言います。 
 温かく抱擁する愛の世界をつくるのは母性的な愛であり、 そこから独立して、 一箇の社会人としての力をつくるのは父性的な愛であります。 
 母親の過保護や、 父親の役割不在は、 とくに男の子の自我の発達を妨げます。 こういう子は、 欲求のおもむくままに行動して調御 (ちょうぎょ) する力が出来ないのです。 

合掌

宝塔第191号(平成7年12月1日発行)