「宝塔」第211号
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 生きた人を拝む尊さ

  
 仏教とは、 お釈迦様が五十年間説かれた教えです。 
その中で最も尊い教えが、 最後に説かれた法華経であります。

 無量の功徳、 みな此の経に集まれり

 と示されてあります。 
 此の経とは、 法華経のことであり、 法華経の功徳は、 量り知れないものであり、 全部法華経の中に集まっているのだと説かれてあります。 
 ところが、 この教えは実行しなければ、 わかるものではなく、 功徳も頂けないのであります。 
 そこでこの尊い法華経によって、 人を拝むという功徳がどんなに尊く、 素晴らしいご利益があるものかという事実を知って頂きたいと思います。 
 苦しんで悩んでいる相手が、 良くなっていただけますように、 教祖様に御守護をお願いし、 仏様を念じ、 妙法を唱えて相手を拝みますと、 教祖様のお力、 妙法の法力仏様の力 (仏力) が働いて、 苦しんでいる相手を楽にし救うことが出来ます。 
 大乗教では、 一九七七年四月より海外布教が始まり第一陣がインドのブッダガヤに出発。 第二陣として七月四日、 私はO先生と共に、 羽田空港で大勢の方々に見送られて出発し、途中香港で給油の為に休息、 後から入って来たフィリピン航空機が車輪事故で、 胴体着陸をした為に飛行場が閉鎖になり、 近くのホテルで一泊し、 早朝無事に飛び立って、 インド・カルカッタの空港に着きました。 
 パスポートを出し、 税関を通る直前でした、 日本から来た青年A君が私の服の裾を握って、 「僕を一緒に連れて行って下さい」 と言う。 パスポートは持っていたけれど、 ビザ (入国許可証) が無かった。 係の人達が集まって来て、 「ノービザ・ノーノー!」と中に入れてくれません。 係員は英語でいろいろ話すのですが、 何を言っているのかさっぱり分かりません。「ノーヒンディー!ノーイングリッシュ!ジャパニーズオープン!!」 (後で指摘されたが、 オープンではなくオンリーと教えられた。) 外国語を知らないから、 日本語と言っても係員たちは、 日本語が話せない。 書類の記入が終わったO先生が、 心配そうに 「どうされました」 と尋ねられる。 私には問題は無いのだが、 服の裾を握って放さないA君がノービザであると話した。 英語を知っているO先生も、 インドの英語は分からないとサジを投げ出した。 困ったと思った時、 汗をふきふき私の所に来られたお方が、 「私、 小林と言います、 香港で家内や子供が大変お世話になりました。 有り難うございました」 とお礼を言われる。 日本から一緒に来られたご婦人が、 三人の女の子供さんを連れて、 香港の飛行場からホテルに行くのにタクシーで行くことになり、 乗り場で不安そうにしておられたので、 一緒にホテルに行きましょう、 人員オーバーでも子供を膝に乗せて行けば大丈夫ですと、 一緒にホテルに行った奥さんのご主人でした。 迎えに来られたご主人が、 一言お礼をと待っておられたのだが、 ノービザのA君の為に出る事も出来ずに困っていたので、 わざわざ来て下さったのです。 事情を話しますと、 係員と話をして下さり、 直ぐOKになりました。 行き先がはっきりしていれば、 ノービザでも一週間のうちに帰れば良いとの事でした。 
 香港の空港からホテルまで一緒に行った小さな親切のお蔭で、 困った時、 助けていただき本当に喜べました。  我々はマハボディというお寺に宿をとっている第一陣の先生方と会い、 お互いの健康を喜び合い、 今後のいろいろな打合せをしておりますと、 連れて来たA君が、 訳の分からない事を言いだしましたので、 カルカッタの日本領事館を尋ねて、 A君の平常心でない事を話し、 帰国の手続きをお願いしました。 当時の領事官 (菊地氏) はすぐお寺に来てくれ、 A君と話をされて 「A君は精神異常者です、 このまま日本には帰せません。 すぐに精神病院に入院させるよう、 手続きをします」 と約束されお帰りになられました。 お寺の老師 (故) ジナラ・タナ氏も大変心配され、 インドの精神病院に入ったらA君はどうなるだろう、 A君の将来を考えると、 親の気持ちを汲み取ると、 じっとしておられません。 教祖様・仏様を拝みA君を床の上に座らせ、 背中に手を当てて、 A君が平常になって頂けるよう念じ、 一心に妙法を唱えて拝みました。 最後に背中に九字を切って、 気合を入れて拝み終わりました。 二十五分程でしたが、 A君の顔がさわやかになり、 平常にもどってくれたのです。 
 翌日、 菊地領事官が来られて 「病院の手続きが済み、 入院させます」 と話されたので、 「お骨折りをかけました、 もう一度A君と話をして下さい、 昨日拝みましたら良くなったように思います」とお答えしました。 領事官はしばらく話をされ、 「A君は平常心です、 入院させる必要はありません。 間違いがあったら大きな責任問題になります。 助けて頂いて有り難うございます。 日本国を代表して厚くお礼を申し上げます」 と頭を低く下げられて、 お礼を言われ、 帰国の手続きをしますと言って、 お帰りになられました。 
 私の心は日本晴れでした。 翌々日A君は係員のお方と空港に、 そして無事日本に帰る事が出来ました。 
 カルカッタより列車でガヤに、 仏教発祥の地ブッダガヤに移動し、 マハボディの離れの部屋にお世話になりました。 日本語を良く話せる子供たちが、 部落に案内をしてくれます。 頭の痛い人、 腕の痛い人、 腹の具合の悪い人、 おできが出来てる子供等、 そんな人達を空き地に座り込んで痛いところに手を当てて妙法で拝んでいると、 大勢の人達が集まって来て、 物珍しそうに見物をするので、 人垣が出来て風が当たらず、 汗だくになります。 七月と言えば雨季で時々雨が降り、 蒸し暑い日が続いています。 ハエが四五匹顔にとまって汗をなめます。 インドの人たちは蚊やハエを殺さないし、 気にしません。 顔にとまっているハエを叩けば、 日本の坊さんは野蛮だと思われるので、 ハエを気にしないで、 真剣に一人一人拝ませていただくのです。 一か所で五十名くらい、 三か所で拝めば百五十名ほどの人を拝む事が出来ました。 午前と午後は三時頃出かけて、 ナマステと挨拶をして、 拝ませていただきました。 
 私の帰りを待っていた人が、 頭を下げ手を合わせて
「家に病人がいるから拝んでほしい」 と、 言葉は通じないけれど、 私の心に伝わってきます。 案内されて伺うと高熱を出している病人が布にくるまって台の上に寝ています。 仏様を念じ、 妙法を唱えて、 布の上から数珠でさすって拝み、 約六分程で終わりますと、 病人が起き上がって、 熱の為に関節が痛んでいたのが、 痛みが無くなり熱が下がり、 楽になったと喜んでいただけました。 
 何軒かの家に案内され、 病人を拝みました。 電気も無い床も無い、 便所も無い、 家具は一切ありません。 土間の部屋に牛も山羊も人間も、 一緒に生活をしています。 
家に入りますと異様なにおいがします。 「くさい、 いやだ」 と思ったら病人を救う事は出来ません。 部落の人たちは動物を大切にし、 牛も山羊も乳をしぼって、 その乳を売って生活費にしているのです。 
 朝六時頃、 大塔の仏様にお参りして帰りますと、 拝んでほしい人たちが、 入口の外で私を待っているので、 
拝ませていただきます。 三人が五人、 十人と拝むようになりました。 
 身体が軽くなり、 痛みが無くなり 「今日も仕事に行ける」 と喜ばれる姿を見て喜べます。 
 貧しい人たちはお金が無いから、 医者にかかれず、 薬も求められません。 だからこそ妙法の尊さと、 仏様の偉大なる力がよくわかります。 

 「理屈抜きで怒らぬ事です、 妙法蓮華経と唱えて下さい」 

 とお伝えして来ました。 
 私たちが帰る時には、 大勢の方々が 「ナマステ」 と見送って下さいました。 多くの方々と出会えた事も有り難い事だと、 喜ばせていただいた次第です。 

合掌

宝塔第211号(平成9年8月1日発行)