「在家の女性法華経行者杉山辰子先生の生涯」

 2004年2月17日 ニューデリー、ヴィギャン・バヴァン本会議場で行なわれた分科会「仏教と世界平和」でのスピーチ.

大乗教管長 杉崎法涌(インド釈迦堂本仏殿にて)

以下英文原稿の抄訳

南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経

議長クリシュナナス教授、

尊敬する各派の先生方、

インド政府観光文化大臣閣下、

招待客の皆様、各国代表団の皆様、

そして多くの兄弟、友人たち

インドと日本の大乗教を代表いたしまして、皆様方と「仏教と世界平和」について意見を交換できる機会を得られましたことを大変嬉しく存じております。

大乗教について

 私は先程「南無妙法蓮華経」と三回唱えさせて頂きました。‘ミョウ・ホウ・レン・ゲ・キョウ’とは文字通り、法華経のサンスクリットの経題‘サッダルマ・プンダリーカ・スートラ’を訳した、“妙なる白蓮華の教え”の経を表します。また‘ナム’つまり‘namas’とは「帰命」ということであります。この言葉は経題である法華経の前に置かれ、すなわち「私は法華経に身命を捧げる」という程の意味になるのであります。

 大乗教は在家の仏教教団であり、今から約90年前、日本において故杉山辰子先生によって設立されました。私どもは釈尊、法華経、そして法華経の15番目の章で描かれている安立行菩薩の行いをされた杉山教祖のお遺しになった言葉を深く信じております。

テーマ:「仏教と世界平和」について

 この分科会のテーマ「仏教と世界平和」は、大変重要でありますが、なかなか簡単には答えることが出来ないものであります。そうでありながら、この難しいテーマに関して10分以内という限られた時間で何かを話さなくてはいけないとすれば、多分杉山先生がご生涯の中で実践されたことを述べさせて頂くことが一番良いのではないかと考えております。なぜならば杉山先生が力を注がれたことは全て、20世紀初頭の日本の社会的文脈において、法華経に説かれた釈尊の教えを有意味にする為のものだったからであります。

杉山先生の答え:大乗教の設立

 杉山先生は菩薩として費やした30年間を、布施行つまり、慈悲・誠・堪忍の教えの理解に基づいた行いによって、仏陀の教えを社会問題に適用されました。例を幾つか挙げましょう。すなわち先生は、

  • 経済的困窮者や孤児を救う為に幾つかの施設を設立されました。
  • 子供の健全な発達の為には、早い時期での宗教教育が不可欠であると確信され、地元の小学校校長を集めて仏教についての講演を定期的に行なわれました。
  • 家庭において問題を抱える青少年達に修養の場を与え、彼らに農業と仏教を学ぶという大切な経験を授けたのであります。
  • 一番弟子である愛知医学校の村上斎医師と共にハンセン病患者のための病舎を建てられました。

そして、

  • 1923年に東京地方を壊滅させ、10万人の人命を奪った関東大震災の直後、災禍に見舞われた人々を救うべく、大量の食糧・医薬品を届けられました。

 杉山先生は、信者に宗教上の指導をする一方で、これらの社会活動を行いました。そして、人々の救済を実践する為のご自身の団体を、‘大乗’つまり‘マハーヤーナ’と名づけたのであります。したがって、大乗教の設立によって、杉山先生は、仏道は常に現実社会の人々と共にあらねばならないという信念を具現化されました。

菩薩の役割:仏の教えを我々の世界において有意味なものとすること

法華経は説いております。

この経を持つこと難し

若し暫くも持つ者あらば

われ、即ち歓喜せん

   ―――見宝塔品

 この様な言葉を引くまでもなく、時に我々は偏見、差別、そして戦争といった社会問題の為に、正法を持つこと自体大変に困難なのであります。何人も、法華経の説と寸分も違わず仏様の教えを実行に移そうとすれば、必ず障害や困難な出来事に遭遇するのです。杉山先生の場合も例外ではありませんでした。

 ただ思うに、先生は、女性であるということで、また在家の大乗仏教修行者ということで、その時代の僧侶達よりもより多くの困難に見舞われたことでしょう。同様に思うことは、先生は、村上医師と共にご自分達の病舎でハンセン病患者の方のお世話を実際にするよりも多くの時間を、ハンセン病患者を差別することが如何に不合理で不正な行いであるかということを人々に説明する為に使わざるを得ませんでした。

 御年65才の時、杉山辰子先生は、世界平和祈願の大仏建立という生涯の夢を果たすことなく、無上道に旅立たれました。先生の弟子達は先生への追善と世界平和祈願の為に約18フィートの高さの仏像を建立いたしました。しかし1944年、時の軍事政権によってその仏像は完全に破壊されてしまったのです。何の巡り合わせなのか、翌年に2発の原爆が日本に投下されたことは、皆様もご存知でありましょう。

 杉山先生が無上道に旅立たれて70年が過ぎた、現在、故杉山先生は中部日本において、仏の教えを独自の方法で社会福祉事業に適用した草分け的存在として知られております。もっとも先生はご自身を‘社会活動家’などと思われたことはなく、常に法華経の行者の立場を貫かれたのであります。ただ先生が実践されたお仕事が、現代人の頭にある‘社会福祉’であるとか‘ボランティア活動’といった概念によく馴染むということは言えるでしょう。
 時間と空間を越えて杉山先生の夢である大仏建立はついに実現されました。1989年、仏教最高の聖地あるブッダガヤにおいて、チベットのダライ・ラマ14世法王猊下ご臨席のもと高さ80フィートのインド大仏が開眼されたのであります。

大乗教インド大仏前にて、職業訓練学校生徒、教職員と共に

結語

 最後に付け加えさせて頂きますと、大乗教は日本やインドにおいて、寺院の建立や職業訓練学校の開設、苦しんでおられる方々に対する医薬品の配布、そして先程来言及してきたインド、ブッダガヤにおける大仏建立などの活動を通じて、仏様の教えをより多くの方々にお伝えすべく努力いたしております。このインド大仏が世界の平和と幸福のシンボルとして、これから幾世紀にも亘って、仏の教えに帰依する世界中の方々を鼓舞し続けることを、私たちは祈念しております。

大乗教ヘルスケアセンター(ブッダガヤ郊外スジャータ村)

どうか生きとし生けるものが全て幸福になりますように

世界が平和で包まれますように

本日はインド政府から顕彰の品を頂戴いたし身に余る光栄に存じております。有難うござました。ナマスカー。

南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経